職場環境における人権侵害は、今も依然として解決すべき重要な課題となっています。
セクハラ、パワハラ、差別、不当解雇などの職場での人権侵害は、労働者の権利を侵害し、心理的・身体的な影響を与えるだけでなく、企業の評判や業績にも悪影響を及ぼします。
特に、働き方改革が進む中で、外国人労働者や性的指向が異なる人など多様な価値観を持つ労働者が増え、問題の多様化が進んでいます。
人権侵害は、個人の被害だけでなく、組織全体の生産性や信頼性にも悪影響を及ぼします。
人権侵害が依然としてなくならない原因として、予防策の実効性が乏しいことと問題発生時の対応が十分でない職場が多いことが挙げられます。
そこで、本稿では、職場における人権侵害の現状と原因を分析し、具体的な対策を提案いたします。
1.職場におけるハラスメントの現状と課題
職場におけるハラスメントの現状と課題を解説します。
まずは、現状についてです。
現状の分析
職場での人権侵害は多岐にわたり、主に次のような形態があります。
- セクシュアルハラスメント(セクハラ)
性的な言動や行為により、不快感や苦痛を与え、職場環境を害する行為 - パワーハラスメント(パワハラ)
地位などの優位性を利用して、精神的・身体的に攻撃したり、不当な業務負荷などを強いる行為 - マタニティハラスメント(マタハラ)
妊娠・出産・育児休業等において、制度または措置の利用や妊娠・出産自体に関する言動により、就業環境を害する行為 - 外国人労働者やLGBTQ+に対する差別
宗教や価値観の異なる外国人労働者や性的指向が異なる人に対する差別
政府や企業の対応状況
セクハラについては、1997年に「男女雇用機会均等法」の改正により、事業主に雇用管理上の配慮義務が規定され、その後2006年に法改正により、事業主に雇用管理上必要な措置を講ずることが義務付けられました。
参照URL:厚生労働省のホームページ「男女雇用機会均等法の変遷」
パワハラについては、2020年施行の「労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)」の改正により、国・事業主・労働者の責務の明確化、事業主の雇用管理上の措置や相談体制の整備義務が盛り込まれました。
参照URL:厚生労働省北海道労働局のホームページ「パワハラ防止対策義務化について」
マタハラについては、2017年改正の「男女雇用機会均等法」「育児・介護休業法」によって防止対策が義務付けられ、2022年以降、改正「育児・介護休業法」により、育児休業の申出・取得等を理由とする不利益取り扱いの禁止や育児休業の申出・取得等に関する言動により、労働者の就業環境が害されないようにするための措置や体制整備が企業に義務付けられました。
参照URL:厚生労働省栃木労働局のホームページ「ハラスメント関係法制の改正について(マタハラ対策の強化)」P28~
課題の整理
このように、法的な整備が行われ、それにより企業も対応しなくてはならないようになりましたが、課題も多く残されています。
職場における人権侵害の予防と対応における課題には、次のようなものがあります。
予防策が不十分な要因
行為者に対しては、不法行為として民事上の責任や暴力等を行使した場合には刑法上の罪に問われることがあります。
また、企業に対しては、安全配慮義務違反や使用者義務違反などの民事上の責任を問われることがあります。
しかしながら、現行法規では、企業に対しては義務を履行しないことに対する直接の罰則規定はありません。
このあたりに、実効性の限界があるといえます。
また、中小企業では、社内研修の実施などに対するリソースが不足しているのが現状です。
企業内での相談体制の弱さ
企業内での相談体制の弱さとしては、企業が相談窓口を設置していても、従業員が安心して相談できる環境にない職場が多いことが挙げられます。
外部に相談窓口を設置する方法もあり、これだとプライバシーはかなり保てますが、外部の相談窓口との連携の難しさや費用の問題があります。
また、実際にハラスメント行為を受けていても、仕返しや報復への恐れを感じて、声を上げられないケースも多く見受けられます。
ハラスメント(人権侵害)の予防策
人権侵害の予防策としては、次の事柄が考えられます。
法令遵守と方針の明確化
まずは、企業が遵守すべき法規制をリストアップします。
先に「教育と啓発」で述べた、「男女雇用機会均等法」、「労働施策総合推進法(ハラスメント防止関連)」、「育児・介護休業法」のほかに、厚生労働省から多くの指針やガイドラインが公表されています。
また、企業が人権尊重の方針を明文化した「職場の人権ポリシー」を策定して、方針を明確化して、職場全体の意識を向上させることも重要になってきます。
教育と啓発
教育と啓発に関しては、従業員に対して、ハラスメント防止や多様性の尊重についての研修を定期的に実施することが何よりも重要です。
また、管理職向けの特別研修(部下に対する指導方法や対応策の研修)や啓発活動(ポスター掲示、イントラネット等での情報提供)を行うことも重要です。
更に、透明性の高いコミュニケーション環境を整えることで、問題の早期発見や未然防止が可能となります。
職場環境の改善
適切な労働環境を整えることで、人権侵害の発生リスクを減少させることができます。
例えば、テレワークやフレックスタイム制といった柔軟な働き方を導入すると、従業員のストレスを軽減することができます。
性別や国籍を問わず、公平に評価される組織風土、即ち、多様性を尊重する文化を構築することも必要となってきます。
これらは、職場の物理的・心理的安全性向上に繋がります。
ハラスメント(人権侵害)への対応策
ハラスメントに対しての対応策を解説います。
問題発生時の基本方針
問題が発生したときは、被害者が安心して相談できる環境を提供すること、即ち被害者中心のアプローチが第一歩となります。
次に、被害者の訴えを速やかに受け止め、丁寧に聴く仕組みを構築することです。
相談内容が外部に漏れる二次被害防止を徹底することも重要です。
苦情処理メカニズムの設計
まずは、内部相談窓口を設置することになりますが、可能であれば、性別や役職の異なる担当者を揃え、相談者が選択肢を持てるようにします。
外部委託も含む、公平で信頼性のある体制を構築します。
通報(相談受付)→初期対応→調査→解決策の提示→フォローアップまでの一貫したプロセス、フローの明確化を行います。
特に初期対応では、問題の概要を把握し、即時対応が必要か判断し、必要に応じて一時的な対策を講じるといった迅速な対応を行います。
調査と解決策の提示
調査においては、内部または外部の調査チームを編成して、第三者による中立的な調査を実施することになります。
次に、調査の結果に基づき、解決策を提示し、必要に応じて加害者への懲戒処分や関係者も含めた教育・指導を行います。
更に、相談者の心理的サポートを行うとともに、解決策が効果的であったかを定期的にフォローアップしたり、再発防止策を徹底します。
まとめ
職場における人権侵害の予防と対応は、企業の信頼性向上や持続可能な成長に直結する重要な課題となっています。
社会保険労務士は専門性を活かし、予防策の構築から問題発生時の対応まで幅広い役割を担っています。
今後は、企業、労働者、専門家が一体となり、人権尊重の文化を職場で育てることが求められます。
特に労働問題の専門家として、社会保険労務士は「人権侵害のない職場づくり」のキープレイヤーとしての更なる活躍が期待されています。