パタハラの定義
主に女性が、妊娠・出産・育児休業等において、制度または措置を利用したとき、あるいは妊娠・出産自体に関する言動により、就業環境を害される行為や発言をマタニティハラスメント(マタハラ)というのに対し、主に男性が、配偶者の妊娠・出産に伴い、男性自らが育児休業等において、制度または措置を利用したときに、就業環境を害される行為や発言をパタニティハラスメント(パタハラ)といいます。
(参考URL:https://keiyaku-watch.jp/media/kisochishiki/paternityharassment-teigi/)
現在のパタハラの課題
現代社会において、人権侵害の問題は、今なお深刻な課題として対処されていますが、パタハラも、セクハラやパワハラと共に、人権を侵害する深刻な問題として認識されています。
妊娠・出産・育児の領域で行われるハラスメントについては、当初、女性が妊娠・出産時に受けるものが注目され、「母性」や「妊娠している状態」をあらわす「マタニティ」を使用した「マタニティハラスメント」という造語がこの領域でのハラスメントを説明する用語として一般的に認知されるようになっていました。
その後、父親が育児休業制度等を利用することに対する嫌がらせが社会的に注目されたことから、男性の育児に対して行われるハラスメントが「パタニティ(父性)ハラスメント」という造語で説明されるようになり、女性に対するものが「マタハラ」、男性に対するものが「パタハラ」と呼ばれるようになりました。
なお、このような造語の経緯から、「パタハラ」も含めた妊娠・出産・育児の領域で行われるハラスメント全体を「マタハラ」と呼ぶこともあります。
妊娠・出産それ自体は女性が行うことから、一般的には「マタハラ」は女性に対する「妊娠・出産・育児」に関連するハラスメント、「パタハラ」は男性に対する「育児」に関連するハラスメントであると解されています。
なお、法令や国の指針等では、パタニティハラスメント、マタニティハラスメントといった言葉は使用されず、パタニティハラスメント、マタニティハラスメント、ケアハラスメント(介護休業等の制度利用などに対するハラスメント)の3つをまとめて、「職場における妊娠・出産・育児(・介護)休業等に関するハラスメント」と呼んでいます。
(参考URL:https://sitter.kidsna.com/article/child-raising/9539)
パタハラが注目される理由・時代背景
このように、パタハラとは、父親が育児のために休業を取得したり両立支援のプログラムに参加しようとする際に、上司や同僚などから嫌がらせを受けたり、身体的な不利益を被ることを意味するのですが、この背景には、いまだ根強く残る男女間の性別による役割意識があります。
即ち、育児の責任は主に女性が担うものだという、従来からの既成概念が根強く存在していることが原因となっています。
これにより、男性が育児休業等を取得しようとしても、ためらって結局育児休業等を取得しないでいるということが生じ、結果男性の育児休業取得率がなかなか上昇しないという事態になっていました。
しかし、一方で、近年、子育てに関する社会の価値観が変わってきていることから、「男女ともに働き、ともに子育てをする」という価値観が主流になってきました。
また、「女性活躍推進のためや少子解消のために、男性の育児参加に期待がかかっていること」も大きな要因となっています。
男性が育児に参加できるようになれば、女性側の子育ての負担が軽減され、出産へのハードルが下がり、出産・育児のために女性が仕事を辞めなければならないといったケースが減少します。
その結果、少子化の解消や女性活躍の推進につながることが期待されています。
(参考URL:https://keiyaku-watch.jp/media/kisochishiki/paternityharassment-teigi/)
パタハラが発生する原因
パタハラが発生する原因は、主に3点あるといわれています。
1点目は「職場の風土」です。
育児休業等に関して、否定的な言動が頻繁に行われている、育児休業等に関する制度を利用することや利用を申請することがしにくい雰囲気がある、といった風土があると、パタハラが起きやすくなります。特に、忙しい職場・人手不足の職場では、このような職場風土になる可能性が高くなります。
2点目は「制度の周知不足」です。
「男性の育児休業取得の制度があること・制度を利用できること」を知らない社員が多いなかで、男性が育児休業を取得しようとすると、「忙しいのに」「なんであの人だけ」「取得するのはずるい」といった意識などを生みやすくなります。
3点目は「無意識の偏見」です。
自分は気が付いていなくても、「育児は女性が行うもの」「男性は子どもが産まれても休まず仕事をすべき」という無意識の偏見が、知らないうちに言動に出てしまいます。
その結果、育休を申請してきた部下に「男なんだから、仕事を休む必要はないだろう」などと発言し、無意識にパタハラを行ってしまうことになります。
これらの要因を解消していくこと、即ち啓発活動、制度の徹底周知、相談窓口の有効化などが事業主に求められています。
(参考URL:https://jp.stanby.com/magazine/entry/20240409)
パタハラ防止のための措置
育児・介護休業法10条により、事業主は「育児休業の申出・取得等を理由として、不利益取扱いを行うこと」即ち、育児休業等を申請・利用する労働者に対して、合理的な理由がないのに解雇・降格・減給・不利益な成績査定や配置転換などを行うことが禁止されています。
更に、事業主には、育児・介護休業法25条により、「育児休業に関わる言動で労働者の就業環境が害されないよう、防止措置を講じる義務」が課されています。
これによると事業主は、パタハラ防止のため次の措置を講じる必要があります。
- パタハラ(マタハラ・ケアハラ等含む。以下同じ)を防止するための方針を就業規則や行動規範などで明確化し、それらを周知・啓発すること
- パタハラに関する相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために相談窓口をあらかじめ設けるなど、必要な体制を整備すること
- パタハラが発生したときは、事実関係を迅速かつ正確に確認し、行為者に対する 措置等適切な対応をとり、再発防止に向けた措置を講ずること
- パタハラの原因や背景となる要因を解消するための措置を講じること
- その他、上記のパタハラ防止のための方針の明確化・相談窓口の設置・パタハラが発生した時の適切な対応と措置・パタハラの原因や要因を解消するための措置と併せて相談者・行為者等のプライバシーの保護等必要な措置を講じること
また、2019年の育児・介護休業法改正により、パタハラ防止のための国・事業主・従業員の責務に関する規定が追加されました。(育児・介護休業法25条の2)
事業主には育児・介護休業法の責務がある
事業主には、育児・介護休業法25条の2第2項、第3項により、以下の責務が課せられています。
- パタハラの問題に対して、労働者の関心と理解を深めるよう努めること
- 労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修を実施するなど、その他の必要な配慮をすること
- 国がパタハラを禁止するために行う広報活動などに協力するように努めること
- 事業者自らもパタハラに対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めること
一方、労働者には、育児・介護休業法25条の2第4項により、以下の責務が課せられています。
- パタハラの問題に対して、関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うこと
- 事業主がパタハラ(マタハラ・ケアハラも含む)を防止するために実施する措置に協力するように努めること
パタハラの事例
これらの措置や対策を講じても、なお、依然としてパタハラは発生し、以下のような事例が報告されています。
パタハラの代表的な例は、次のとおりです。
- 不利益な取り扱いをほのめかす行為
男性従業員から「育児休業を取得したい」という相談を受けた際、「休むなら辞めてもらうしかない」などと言う行為。
時間外労働の免除を希望した男性の部下に対して、「昇進はなくなるぞ」などと言う行為。 - 制度の利用を希望することや利用することを妨害する行為
男性従業員から「育児休業を取得したい」という相談を受けた際、「休まれると困るから」などと言い取得を認めない行為。
男性従業員から「育児休業を取得する」と聞いた後、「仕事が大変になるから育児休業は取得しないでほしい」などと迫る行為。
「うちの部署は忙しいから、育児休業は利用しないように」などと日頃から発言している行為。 - 制度を利用したことを理由に、嫌がらせをする行為
制度を利用した男性従業員に対して、嫌がらせの発言(例:「自分だけ育児休業を利用して休むとは、周りの迷惑を考えていない」)を繰り返す行為。
育児休業等の制度を利用したことを理由に、男性従業員本人の意思に沿わない配置転換を命ずる行為。
「育休をとる人には責任のある仕事を任せられない」などと言い、制度を利用した男性従業員に簡単な業務しか担当させない行為。
これらの事例で分かるように、会社の幹部や上司あるいは同僚によるパタハラが大半を占めています。
パタハラを防止するには、何よりも幹部や上司に対する教育・啓発が最も重要だと考えられます。
(参考URL:https://keiyaku-watch.jp/media/kisochishiki/paternityharassment-teigi/)
パタハラの裁判例
パタハラに関する裁判例は、女性に対するマタハラと比べてまだ件数は多くはないのですが、次のような裁判例があります。
医療法人稲門会(いわくら病院)事件(大阪高判平26.7.18)
この事件は、看護師として勤務していた男性労働者が3か月の育児休業を取得したために、職能給を昇給させなかったこと及び昇格試験の受験資格を認めず受験の機会を与えなかったことが、育児・介護休業法10条の不利益取扱いにあたり、不法行為に該当すると判断したものです。
判決は、「前年度に3か月以上の育児休業をした従業員について、その翌年度の定期昇給において、職能給の昇給をしない旨を定めた」との趣旨の不昇給規定は、「育児休業を取得する者に無視できない経済的不利益を与えるものであって、育児休業法10条が禁止する不利益取扱いに当たるとして、差額の支給と慰謝料の損害賠償請求を認めたものです。
㈱アシックス事件(令3.3.29和解成立)
スポーツ用品大手のアシックスの男性社員(39)が、育休取得後に不当に部署を変えられるなどのハラスメントを受けたとして、アシックスに対し慰謝料440万円などを求めた事件です。
この男性社員は、第一子が誕生して約1年間の育児休業を取得しましたが、復職後は茨城県内の関連会社「アシックス物流」に出向を命じられ、肉体労働に従事することとなります。
男性は育児・介護休業法違反を主張して、弁護士を通じ会社と交渉し、人事部に配転となりましたが、社内規定の英訳といった業務に関係のない仕事を命じられ、従わなかったことを理由としてけん責処分されたというものです。
男性が加入する労働組合は2021年3月29日、同日付で和解が成立したと発表しましたが、和解内容については明かせないとしています。
まだ、パタハラに関する裁判例は少ないのですが、育児・介護休業法10条が強行規定であることが行政解釈でも認められており、「育児休業の申出・取得等を理由として、不利益取扱いを行うこと」に反する取扱いが、無効あるいは違法との結論になっていくことと思われます。
(参考URL:https://www.corporate-legal.jp/news/3187)
まとめ
育児休業を取得した民間企業の男性の割合は、2018年にはわずか6.2%だったものが、コロナ禍でのテレワークの普及や2023年度は30.1%となり、前年度(17.1%)から13.0ポイント上昇して過去最高となりました。
これを受けて、政府は男性の育児休業の取得について「2025年までに50%」を目標にしています。
厚労省は取得率が今回30%超に急上昇した背景として、2022年春に育休取得の意向確認や制度の周知が企業に義務づけられたことがあると分析しています。
しかしながら、2023年度の女性の育児休業の取得割合が84.1%であるのに対し、男性は30.1%と、依然として大きな開きがあります。
しかも、育児休業を終了し復職した人の育児休業取得期間をみると、女性は「12カ月〜18カ月未満」が32.7%と最も高くなっていますが、男性は「1カ月〜3カ月未満」が28.0%と最も高くなっており、取得期間についても大きな開きがあります。
男性の育児休業取得率が低い理由の多くは、「育休を取得しづらい雰囲気がある」、「昇給・昇進等のキャリアに影響がある」、「職場が人手不足」、「収入を減らししたくない」などであり、とりわけ女性の回答で際立つのが、「育児は女性の役割という考え方が根強い」というものです。
パタハラとは、男性労働者が育児休業を取得するなど子育てをするための権利に対する事業主または職場の上司・同僚からの嫌がらせのことです。
パタハラの防止のための制度は徐々に整備されてはいますが、事業主や職場の労働者の意識が、男性労働者の育児への参加が当然であるとの意識とならないと、当然の権利の行使も難しくなります。
これらを解消していく努力を、政府・事業主・労働者の全てが、常に強い意識を持って行うことが、地道ではありますが、パタハラをなくす最善の方策であると考えます。