はじめに
近年、企業の社会的責任がますます注目され、その中でも特に人権問題に対する企業の責任が強調されています。ヨーロッパでは、企業に対して人権デューデリジェンスの実施を義務づける法律の制定が相次いでおり、ヨーロッパ以外の国々でも人権デューデリジェンスの実施に向けた取り組みが進んでおり、企業が人権デューデリジェンスに取り組むことは世界標準となりつつあるといえます。
本記事では、人権デューデリジェンスの概要、日本における人権デューデリジェンスの義務化に向けた取り組み、進め方等について解説いたします。
人権デューデリジェンスとは?
人権デューデリジェンスとは、企業が人権侵害のリスクを特定・評価し、人権侵害のリスクに対する予防措置や軽減措置を講じるプロセスや取り組みのことをいいます。
これは、企業が事前に人権に関するリスクを認識し、適切な対策を講じることで、そもそも人権侵害を起こさないようにすること、仮に人権侵害が発生してしまったとしても、直ちに解決できるような仕組みを作り、企業活動における人権侵害を最小限に抑えようとする考え方です。
人権デューデリジェンスの重要性
人権デューデリジェンスの重要性が高まっている理由として、「企業の社会的責任の認識」と「国際的な人権意識の高まり」の2つが挙げられます。
企業の社会的責任と人権
企業は、単に経済的利益を追求するだけでなく、社会的な責任も果たすべきだという認識が広がっています。
特に、先進国のグローバル企業が途上国で事業を展開するにあたり、強制労働や児童労働などの人権侵害が行われた事例があったことなどから、企業の人権に対する意識は国際的な問題として注目されています。
国際的な人権基準との関連性
国際的な人権意識の高まりを受けて、ILO(国際労働機関)において、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」(1998年)、人権理事会において、「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)が採択されました。
「ビジネスと人権に関する指導原則」は、①人権を保護する国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、③救済へのアクセスの三本柱としており、人権を保護することは国家の義務にとどまらず、企業の責任として人権問題に対処しなければならないことが明確に示されています。
日本の企業における人権デューデリジェンスの必要性
「人権デューデリジェンスの重要性」で述べたように、企業の人権問題への対応は国際的にも求められており、日本企業も例外ではありません。
企業が人権侵害を引き起こす例としては、自社の社員を適切な安全策を講じることなく危険な労働環境で労働をさせる、違法な長時間労働をさせる、残業代を支払わない、パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなどが挙げられます。
上記は、企業が直接人権侵害を引き起こすパターンです。それ以外にも、取引先に対して、実現不可能な期間を設定して納品を依頼した結果、取引先がその社員に対して極度の長時間労働をさせるなど、間接的に他社の人権侵害を助長してしまう場合や、取引先自体も人権侵害をしていないものの、取引先の委託先が人権侵害を行っている場合なども、製品やサービスと関連して人権侵害が行われていると言えます。
最近の事例では、中国の新疆ウイグル自治区において強制労働が行われていることが記憶に新しいと思います。当時新疆綿を使用した製品を販売していた大手衣料メーカー等の企業が批判され、アメリカでは輸入が差し止められたり、フランスでは人道に対する罪に加担した疑いがあるとしてフランス検察当局の捜査対象とされたりするなど、国際問題に発展しました。
このように、企業に人権問題が生じると、国際的に批判の対象となるリスクがあります。その結果企業の信用は失われるとともに、輸入禁止や不買運動などで大きな経済的損失を被る可能性も十分あり得ます。
そのため、企業が人権を尊重し、人権侵害のリスクに対する予防措置や軽減措置を講じるプロセスや取り組みを行うこと、すなわち人権デューデリジェンスを行うことが今後益々求められることになります。
人権デューデリジェンスの義務化に向けた取り組み
主にヨーロッパでは、人権デューデリジェンスに対する意識が高く、既に国としての法令化や義務化が進んでいます。
例えば、イギリスでは、イギリス国内で商品やサービスを提供する企業などのうち、売上高が一定規模以上の企業に対して、毎年度、奴隷労働と人身取引に関するステートメントを作成することを義務づけています(現代奴隷法)。
また、フランスでは、フランス国内の従業員数が5000人、または全世界の全グループ従業員数が1万人以上の企業を対象として、人権等のリスクを特定するための措置、人権侵害を軽減するための措置、その継続的な実施を監視するための措置等を記載した計画を公表し、実施することが義務づけられています(フランス人権デューデリジェンス法)。
ヨーロッパなどでは人権デューデリジェンスの義務化が進んでいる一方、日本ではまだ人権デューデリジェンスは義務化には至っていませんが、国際社会の流れを受け、義務化に向けた取り組みが進んでいます。
日本政府は、2022年9月に、企業が行うべき人権デューデリジェンスの指針として、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定・公表しました。
ガイドラインは、法的拘束力のあるものではありませんが、企業の規模、業種等にかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業(個人事業主を含みます。)は、ガイドラインに則り、国内外における自社・グループ会社、サプライヤー等(サプライチェーン上の企業及びその他のビジネス上の関係先をいい、直接の取引先に限られません。)の人権尊重の取組に最大限努めるべきとされています。
人権デューデリジェンスの進め方
ガイドラインでは、企業に対して、大きく分けて、⑴人権方針の策定、⑵人権デューデリジェンス、⑶救済手段の確立の3つの取り組みを求めています。
人権方針の策定
人権方針の策定は、企業が、その人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメント(約束)を企業の内外の利害関係者に向けて明確に表明するというものです。
人権デューデリジェンス
人権デューデリジェンスは、企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為のことを指します。
救済手段の確立
人権への負の影響を軽減・回復すること及びそのためのプロセスになります。
おわりに
本記事では、人権デューデリジェンスの概要、日本における人権デューデリジェンスの義務化に向けた取り組み、進め方等について解説しました。
人権デューデリジェンスは単に企業の違法行為の有無をチェックするだけではなく、一連のプロセスを踏まえて行っていく必要があり、弁護士等による専門的な知見が必要です。
したがって、人権デューデリジェンスを行うことを検討される際は、専門家にご相談されることをおすすめします。