人権デューデリジェンスの義務化とは?
「人権デューデリジェンスの義務化」とは、政府が、企業に対し、企業が営む事業活動や提供する製品・サービスに関連する潜在的な人権リスクを評価し、適切な対策を講じる責任を課すことを意味します。
この概念は、企業が人権を尊重し、人権侵害を防止するための枠組みを提供する国際的な規範であるところの国際連合のビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)などをその基礎としています。
日本においても、昨今、グローバルにビジネスを展開する企業を中心に、人権デューデリジェンスの重要性が認識されつつありますが、現時点で、日本には人権デューデリジェンスを義務付ける特定の法律は存在しません。
これに対し、海外では人権デューデリジェンスの義務化の流れが進んでいます。
海外の人権デューデリジェンスの動向
海外では様々な人権デューデリジェンスの義務付けられております。
これから、海外の人権デューデリジェンスについて解説していきます。
欧州の流れ
例えば、欧州を見てみると、英国では、2015年3月に「2015現代奴隷法」を制定し、同国内で事業活動を行う一定規模以上の企業にサプライチェーン上の人権リスク(奴隷労働や人身取引等)がないことの確認と情報開示を義務付けました。
フランスでは、2017年3月、企業注意義務法(Devoir de Vigilance)が成立・施行され、国内外の一定規模以上の企業に対し、人権侵害や環境破壊を特定・防止するための措置が義務付けられることとなりました。
また、ドイツでも、2021年6月にサプライチェーン法(LkSG)が採択され、主要な事業所を同国に置く一定規模以上の企業に対し、人権および環境デューデリジェンスの実施と情報開示が義務付けられています。
欧州全体においては、欧州委員会が、2022年2月、主に大企業に対する、環境・社会・人権に関する人権・環境への悪影響を特定・予防・緩和するデューデリジェンスの実施を義務付けることを求める「欧州コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令案(以下、「CSDD案」といいます。)」を公表しました。
その後、2023年12月、EU理事会と欧州議会は、CSDD案の内容について暫定的な合意に達し、2024年3月15日、欧州理事会にて、CSDD案に関する最終文書が承認されました。
なお、CCDD案は、EU域内の事業者だけではなく、一定の条件を満たすEU域外の事業者にも適用されるため、日本企業にも大きな影響を与えるものとして、日本国内でも注目されています。
米国の流れ
欧州で、人権デューデリジェンスの法整備化が促進される中、米国においても、企業活動による人権侵害への規制が進められています。
米国では、2016年、外国での強制労働により採掘・製造された産品の輸入を禁止する関税法が改正され、その強化がなされました。
また、2021年末には、新疆ウイグル自治区が関与する製品の輸入を原則禁止する「ウイグル強制労働防止法」が可決されています。
さらに、カリフォルニア州の例ですが、2012年に「サプライチェーンの透明性に関する法律」が施行され、全世界における売上高が1億ドルを超え、且つ、カリフォルニア州で事業を行う小売業者または製造業者に対し、監査の実施や法令を遵守していることを証明し、報告する義務が課されています。
東南アジアの流れ
このように、人権デューデリジェンスに関する法整備という点では欧米が先んじていますが、東南アジアにおいても、サステナブルなサプライチェーン構築への流れが徐々に進んでいます。
とりわけ、タイでは、2019年に東南アジアで初めて「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(NAP)が発表されるなど、東南アジアの中でも人権デューデリジェンスの法整備に向けた積極的な取り組みが認められます。
加えて、インドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピンでもNAP策定に向けた準備が進んでいます。
なお、NAPは、国連ビジネスと人権に関するワーキンググループ(国連WG)が、その策定、実施、改定のあり方を示した指針であり、企業による人権への負の影響から保護するために、国連ビジネスと人権に関する指導原則に適合するかたちで国家が策定する政策戦略のことを言います。
日本では人権デューデリジェンスの義務化には至っていない
日本では、前述のとおり、人権デューデリジェンスの義務化にはまだ至っていません。
もっとも、企業による人権尊重の必要性に対し、国際的な関心が高まっていることを背景に、日本でも、2020年(令和2年)10月に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」が策定されました。
同計画では、企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進・意識向上を目標に、今後政府が取り組むべき施策や企業活動における人権デューデリジェンスの導入及び促進への期待が表明されています。
また、経済産業省は、企業における人権尊重の取組みを後押しするため、2022年(令和4年)3月、「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」を立ち上げました。
そして、同検討会での協議に基づき、同年9月には、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGP)や「責任ある企業行動のためのOECDデューデリジェンス・ガイダンス」を基礎として、企業に求められる人権デューデリジェンスの指針である「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定・公表されています。
このガイドラインに強制力はないものの、企業が人権尊重の責任を果たし、人権リスクを軽減させるため、すべての企業に人権デューデリジェンスを求めています。
こうした国内の動向及び海外で人権デューデリジェンスの法制化の進展を踏まえると、日本でも、将来、人権デューデリジェンスの義務化が進むことは避けられないものと予測されます。
実際、日本国内でも企業の社会的責任(CSR)やサステナビリティへの関心が高まっており、人権に対する企業の責任が注目されており、機運は高まっていると言えます。
まとめ
人権への配慮が重要であることは、道徳的見地から当然ですが、企業が海外で事業展開を行い、また海外の企業と継続的な取引を実施するためには、人権デューデリジェンスの実施は必要不可欠といえます。
人権デューデリジェンスを遵守しなければ、海外への輸出が認められないのみならず、現地の法律に違反しているとして罰則を受けることもさえあり得ます。
反対に、企業が人権デューデリジェンスに取り組むことで、人権リスクが低減されるだけでなく、企業価値やブランドイメージが向上します。
その結果、企業は自社の顧客を保護・維持するのみならず拡大し、取引相手や投資家からはより高い信頼を得、優秀な人材を獲得できるなど、多くのメリットが得られることとなります。
人権デューデリジェンスの重要性を念頭に、将来のゴム化を見据え、正しい理解と適切な対策を心掛けましょう。