グローバル化したアパレル業界の生産システムは、サプライチェーン全体で大量生産、大量消費、大量廃棄のサイクルを生み出してきました。その生産サイクルにおける資源やエネルギーの増大する消費により、アパレル業界の環境への負荷は、国際的な課題として認識されています。
また、サプライチェーンにおける生産サイクルでは、環境への負荷だけでなく、深刻な人権問題も多く存在しています。
そこで今回の記事ではアパレル業界が抱える人権問題と、その解決に向けた業界の現在の取り組みについて解説します。
アパレル業界の取り組み
現在アパレル業界では、サスティナブルファッションとエシカルファッションという重要な取り組みが進められています。これらは似たような概念ですが、それぞれに特徴があります。
サスティナブルファッション
衣服の生産から着用、廃棄に至るプロセスにおいて将来にわたり持続可能であることを目指し、生態系を含む地球環境や関わる人・社会に配慮した取り組みのことを言います。
サスティナブルは、「持続可能な」という意味で、環境や社会に配慮した活動や考え方を指し、持続可能な未来を実現するための取り組みとして注目されています。この考え方はアパレル業界においても世界的に広がっています。
エシカルファッション
一方似たような概念としてエシカルファッションがあります。「エシカル(Ethical)」とは「倫理的な」「道徳的な」という意味があります。
サスティナブルファッションとも目指すところは共通していますが、エシカルファッションは「人権問題」「フェアトレード」「動植物の持続可能性」「オーガニック」など、より人権的および社会的な問題にもフォーカスしたものとなっています。
人権問題への取り組みという面でいうと、エシカルファッションがより意識すべき概念となります。
アパレル業界が抱える人権問題
アパレル業界では、サプライチェーン全体でさまざまな人権問題が存在しています。
特に以下の点が問題視されています。
- 低賃金労働
多くの労働者が低賃金で働いており、残業代が払われないことはもちろん、最低賃金すら支払われないこともあります。
このような環境下では、長時間労働をしても見合った対価を得られず最低限の生活すら維持できません。結果として労働者は貧困から抜け出せないという悪循環に陥ってしまいます。 - 児童労働
貧困が深刻な地域では、子供たちが教育を受ける機会を奪われ、幼い年齢から長時間、過酷な労働に従事させられるケースが後を絶ちません。児童労働は子供たちの身体的・精神的成長に悪影響を及ぼし、教育を受けられないことで将来の可能性も狭められてしまいます。このような状況は貧困の連鎖を生み出します。 - 過酷な労働環境
過酷な労働環境で働く労働者たちは、長時間の過密なスケジュールの中で働かされることが多く、適切な休憩や安全対策が十分に整っていない場合が少なくありません。また、工場内は換気や温度管理が不十分となり、有害な化学物質にさらされる危険性もあります。このような環境下では、労働者は身体的・精神的な負担を強いられ、健康を損なうリスクが高まります。特に、低賃金や不安定な雇用条件と相まって、労働者は過酷な状況から抜け出すことが難しく、貧困と不健康の悪循環に陥ってしまいます。
アパレル業界で発生した人権問題の具体例
- ラナ・プラザ工場崩壊事故
2013年にバングラデシュで発生した「ラナ・プラザ」工場崩壊事故では8階建てのビルが崩壊し、1,134人が死亡、2,500人以上が負傷する大惨事となりました。
事故の直接の原因は、違法な増築による建物の欠陥と過剰な負荷によるものでした。
ビルのオーナーは建物の危険性について事前に警告されていましたが、無視したうえ、労働者たちは強制的に働かされていました。
この背景としてはファストファッションを中心としたアパレルメーカーが、低コストの労働力を求めて、バングラデシュでの生産を積極的に拡大していたことにあります。
ラナ・プラザ崩落事故(ダッカ近郊ビル崩落事故)とは・意味 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD
- 新疆ウイグル自治区の強制労働疑惑
中国の新疆ウイグル自治区では、ウイグル族や他の少数民族が新疆綿の生産において、強制労働に従事させられているとの疑惑が欧米のメディアで報じられるようになりました。
これは、事実であるならば重大な人権問題となることから、アメリカでは「ウイグル強制労働防止法」というウイグル自治区からの輸入品を、企業が強制労働でないと証明できない限り、禁輸するという法律を施行しました。
もっともこの問題は米中貿易戦争の側面もあり、人権問題が事実として顕在化したものではありません。
米国のウイグル強制労働防止法への対応は | 地域・分析レポート – 海外ビジネス情報 – ジェトロ
- 東南アジアの児童労働問題
1997年にNIKEが生産を委託していた東南アジアの工場で、児童労働や過酷な労働環境での長時間労働が発覚し、その後不買運動に発展しました。
NIKEの委託先の問題として弁明しましたが、批判は収まりませんでした。この事件を契機に、アパレル業界全体がサプライチェーン全体での人権問題に向き合う必要性を強く認識するようになりました。
ナイキの児童労働問題で表面化「サプライヤー配慮」の歴史と現在地 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
アパレル業界の人権問題への取り組み
アパレル業界の人権問題への取り組みとしては、以下のアプローチが必要です。
- サプライチェーン全体の透明化
調達先や生産過程の可視化を進め、リスクのある箇所を特定。
また、新規の取引先の選定においても人権問題が生じていないか厳重に審査する。 - 人権デューデリジェンスの実施
リスク評価、是正措置の実施、継続的なモニタリングを行う。 - フェアな労働条件の確保
労働者の権利を保護し、搾取を防止する。 - 業界全体での連携
人権問題は企業単独で解決することが難しいため、業界全体での連携が重要となる。 - ステークホルダーの意識向上
社内外で積極的に研修や広報を行うことで、人権意識を高める。
また、消費者へ対してもエシカルファッションやフェアトレード製品を選ぶことが、労働環境の改善につながると積極的に啓発する。
Patagoniaを例にアパレル業界での人権問題への取り組み事例
Patagoniaは環境保護や社会的責任に力を入れるブランドとして知られており、人権問題にも積極的に取り組んでいます。
- フェアトレード認証製品
Patagoniaではフェアトレード認証を受けた製品を多く展開しています。これにより、生産に携わる労働者が公正な賃金を受け取り、安全な環境で働けるよう支援しています。 - サプライチェーンの透明性
製品の製造工程を明らかにするため、製造工場の情報を公開しています。また、定期的に工場の監査を行うことで、透明性の向上に努めています。 - 労働者の権利保護
労働環境を改善するために、サプライヤーと協力して取り組んでいます。課題があれば迅速に対応する体制を整えています。
まとめ
アパレル業界における人権問題の解決の実現には、サプライチェーン全体の透明性向上や継続的な人権デューデリジェンスが欠かせません。企業と消費者が共に行動を起こし、持続可能なアパレル業界を築いていくことが求められます。